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科研費報告書

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科研費報告書

当研究会の活動は、科学研究費 <挑戦的萌芽研究「多職種からなる周産期急変対応チームの育成システム構築に関する研究」>を基盤として行われてきました。3年間の研究期間が終了しましたので、報告書をアップいたします。

1.研究開始当初の背景
(1) 周産期には、常位胎盤早期剥離、子癇、羊水塞栓、弛緩出血など、母児ともに直ちに重篤な状態となり得る数多くの急性合併症がしている。これらへの対応を学ぶには、座学だけでは勿論不十分であり、一方臨床現場の混乱の中で系統だった指導は望めない。そこで日常からシミュレーション学習を繰り返し、実際の発生時に備えることが重要となる。現在のところ成人・小児の救命救急については、シミュレーション教育をもとにした各種の講習コースが広く行われている。しかし周産期救急に関しては、5年前にALSO (Advanced Life Support in Obstetrics) プロバイダーコースが日本でも始まり、ようやく普及の兆しが見え始めたといったところである。また、ALSOの学習項目の中には個人では応じきれない事項も含まれているが、コース全体としては各自のスキルアップを目標としている。
(2) 前述のように、周産期急変の対応には、産科スタッフの応援だけでなく、麻酔科・救急部・新生児科などの他診療科医師をはじ め、手術部・検査部・輸血部・薬剤部など院内のマンパワーを集約しなければならない。その際には、コミュニケーションエラーを少なくするため、組織のチームワークを向上して確実なチー ム医療を行う必要性がある。しかし残念ながら本邦には、チーム医療に主眼を置く系統立った周産期救命救急トレーニングプログラムは未だ存在していない。

2.研究の目的
(1) 我が国の妊産婦死亡は年間30-50件と世界のトップレベルに位置している。しかし、日産婦周産期委員会の全国調査によると妊婦重症管理例は分娩250人に 1人も発生し,ニアミス症例が依然多く存在していることが窺える。周産期急変の発生時点に居合わせるのは通常、産科医師と助産師・看護師の2-3名である。しかしその後の対応には、産科スタッフの応援だけでなく、麻酔科・救急部・新生児科などの他診療科医師をはじめ、手術部・検査部・輸血部・薬剤部など院内のマンパワーを集約しなければならない。周産期急変に対しては、施設全体が総力を結集しより高い安全性を担保する必要がある。
(2) チーム医療に主眼を置く系統立った周産期救命救急トレーニングプログラムの必要性は極めて高まっている。TeamSTEPPS (Team Strategies and Tools to Enhance Performance and Patient Safety)は、良好なチームワークを確立し、医療行為全般のパフォーマンスを高めるために、米国において国防総省や航空業界などの事故対策実績を元に作成されたチームトレーニングプログラムである。本研究ではこのTeamSTEPPSを本格的に導入し、プログラムのすべてがチームワーク=ベースで構築される予定である。
(3) プログラムの構築に止まらず、チーム参加を原則とするシミュレーション講習会を頻回に開催して、システムの有効性を客観的に検証する予定である。講習会については、事後フォローアップを重視する拠点型と事前打合せを重視する出張型の2通りの開催形式を採用し、よりきめの細かい浸透を図る。最終的には参加チームの所属施設におけるその後の対応状況を聞き取り、システム全体の評価に加える。
(4) 以上のように本研究の目的は、各医療現場で多職種からなる周産期急変対応チームを育成するシステムを構築し、それが有効に機能することを検証することにある。

3.研究の方法
(1) 人体全体からなり各種バイタルサインをモニタリングしながら全身管理を学習するタイプのシミュレーターを利用した。一部の分娩シミュレーターは全身型であることに加えて、内部に装備された胎児が次第に下降し最終的には体外に向かって娩出される機能を有し、分娩経過を観察しつつ急変に対応すると言う臨場感や緊迫感を演出することができた。
(2) シミュレーション講習会については、拠点開催と出張開催の2通りの開催形式を採用した。拠点開催では、すでに同型の分娩シミュレーターを保有しているシミュレーションセンターを会場として、周辺地域から参加チームを募り、標準的な場面や医療資源の設定のもと講習を行った。参加チームは学習事項を持ち帰って、自施設の状況に適した急変対応のアルゴリスムを作成・実践し、その結果をフィードバックしてもらった。出張開催では、事前に出張先の情報収集や要望聴取を行って、それらに併せた講習内容を編成し、分娩シミュレーターとともに現地に赴いた。
(3) チーム医療のシミュレーション学習の効果を評価するため、シナリオの進行と参加者のパフォーマンスが連動して録画できるシステムソフトを導入した。これによって、印象や記憶に依存することなく、場面場面を切り出して客観的に評価することが可能となった。以上は、講習1回分の評価についてであるが、とくに拠点開催の場合はその後のフォローアップ評価も重要なため、参加チームの所属施設での対応状況を直接ないし間接的に聞き取り、システム全体の評価に加えた。 (4) 拠点開催型講習会のうち、平成28年11月27日(日)開催のワークショップについ ては、この教育プログラムが有効に機能するかを量的および質的評価法を用いてより客観的に検証した。本研究は、千葉大学看護学部倫理委員会の承認を得ている。 千葉県内の8つの周産期施設から、多職種の計4-5名で構成される8チームが参加し、TeamSTEPPSに基づいた医療安全に関するレクチャーの後、産後大出血、羊水塞栓、肩甲難産、子癇発作をテーマとしたシナリオを使って、チームワークに重点を置いたシミュレーション講習を行なった。学習効果の量的評価のため、質問紙調査を、受講前(第1回)、講習開始時(第2回) および終了時(第3回)、受講後2か月(第4回)の計4回実施した。質問紙調査では、シナリオごとの知識や対応を問う5者1択問題(知識問題)と、多職種連携の実践能力を測定するための評価基準(CICS29)を用いて5段階の自己評価を行なった。統計解析にはt検定を用い、有意水準はp<0.05とした。 学習効果の質的評価のため、4回目(2か月後)の質問紙調査のあとに、フォーカスグループインタビューを行なった。インタビューに要する時間は約60分で、プライバシーが確保できる場所で行なった。インタビューの主な内容は、ワークショップの改良が必要だと考えられる点、受講後の臨床における受講内容の活用状況や臨床において周産期救命救急のために行った新たな取り組み等であった。 インタビュー調査ではICレコーダーで記録をした。フォーカスグループインタ ビューの発言内容は、ID番号で記録した。得られたインタビューデータをテープ起こしし、ワークショップ参加による認識変容と自己評価による行動変容、ワークショップの改善に関する提案に関する内容を抽出した。逐語録をGraneheimら(2004)の質的内容分析を参考に、コーディングを行い、その意味 内容の同質性・異質性によりカテゴリー化をおこなった。コーディングとカテゴリー化の各段階においては、共同研究者間で合意できるまで検討し、分析の妥当性と信頼性を確保した。

4.研究成果
(1) 拠点開催型講習会を3回開催した。
①名称:「産科急変対応シミュレーションワークショップ」、日時:平成27年3月22日(日)、会場: 弘前大学医学部附属病院(弘前市)、受講者: 青森県内の大学病院・総合病院・クリニックから、医師・助産師4-5名で構成される 計10チームが参加、講習テーマならびに到達目標: A 産後大出血:産科危機的出 血のガイドラインに沿ってチームで出血への対応ができる、B 羊水塞栓:羊水塞栓症の鑑別診断し適切なBLSと死戦期帝王切開の判断ができる、C 子癇:薬剤を適切に使用してけいれんと血圧をコントロールしつつ急速遂娩を判断できる、D 肩甲難産:迅速に肩甲難産であることを認知し安全な解除の対応ができる
②名称:「産科急変対応シミュレーションワークショップ」、日時: 平成28年3月20日(日) 、会場:名古屋市立大学病院臨床シミュレーションセンター(名古屋市)、受講者: 愛知県内の大学病院・総合病院から、産科医・救急医・麻酔科医・助産師・救急/新生児看護師など、多診療科・多職種の計6名で構成される4チームが参加、5つの講習テーマ: A 産後大出血 、B 羊水塞栓、C 新生児蘇生:「新生児蘇生法アルゴリズム2015改訂」に沿って、新生児蘇生ができる、D 心原性ショック、E 子癇発作と新生児蘇生のハイブリット:薬剤を適切に使用してけいれんと血圧をコントロールしつつ急速遂娩を判断し、新生児の重症仮死を予測し蘇生準備ができる
③名称:「周産期急変対応ワークショップin Chiba 2016 November」、日時: 平 成28年11月27日(日) 、会場: 千葉大学医学部附属病院(千葉市)、受講者: 千葉県内の大学病院・総合病院から、産科医・助産師・看護師など、多診療科・多職種の計5名で構成される8チームが参加、 講習テーマ: A 産後大出血、B 羊水塞栓、C 肩甲難産、D 子癇発作
評価方法については後述する。
(2) 出張開催型講習会を3回開催した。
①名称:「産科急変対応シミュレーション講習」(第127回関東連合産科婦人科学会のプログラムとして)、日時: 平成26年6月21日(土)、22日(日)、会場: 都市センターホテル(東京都)、受講者: 関東甲信越の産婦人科後期研修医 ・初期研修医・医学部学生が4-5名で即席のチームを作り、産科医師・助産師・麻酔科医・輸血部の役割を順番に担当、2日間合計 で90名が参加、講習テーマ: A 産後大出血、B 羊水塞栓、C 子癇、D 心原性ショック
②名称:「千葉県周産期医療関係者研修会」、日時: 平成27年2月28日(土)、会場: 東京女子医大八千代医療センター(千葉県八千代市) 、受講者: 千葉県内の産科施設の医師・助産師計48名が参加、講習テーマならびに到達目標: 平成27年3月の拠点開催型講習会とほぼ同じ内容でリハーサルを兼ねて開催された
③名称:「産科急変シミュレーション講習」(第130回関東連合産科婦人科学会のプログラムとして)、日時: 平成27年10月24日(土)、25日(日)、会場: 幕張メッセ国際会議場(千葉市)、受講者: 関東甲信越の産婦人科研修医・医学部学生が4-5名で即席のチームを作り、 産科医師・助産師・麻酔科医・輸血部などの役割を順番に担当、2日間合計で65名が参加、講習テーマ: A 産後大出血、B 羊水塞栓、C子癇、D 肩甲難産
(3) 月1回のテレビ会議形式の勉強会でシナリオ作成や講習会の事前準備を検討
(4) 既存の3つのシミュレーション教育指導者コースへの参加
① FunSim-J: ハワイ大学SimTikiシミュレーションセンターが主催する、シミュレーション教育における指導の基本を講義と高機能シミュレーターを使用した学習者及び指導者体験から学ぶコース
② ISIM-J: マイアミ大学ゴードンセンダー、ピッツバーグ大学WISER、ハワイ大学SimTikiで開発・実施されている、シミュレーション医療教育の実施に必要な スキルと能力の開発のための、ハンズオンや能動的なプログラムで構成された コース
③ ASIST (Applied Simulation Instructor Skills for Teaching): ハワイ大学SimTikiシ ミュレーションセンターが主催する計6回のシリーズコースで、シミュレーション教育認定指導者による指導のもと、シミュレーション指導者としてのスキル アップに焦点を当て、「シナリオ開発、ファシリテーション、デブリーフィング、学習者の評価」の4つの領域について、グループワークや個人でのプロジェクト開発など、活動的な学習環境を通して能力を高めるという内容
(5) 拠点開催型講習会のうち、平成28年11月27日(日)開催のワークショップについては、この教育プログラムが有効に機能するかを量的および質的評価法を用いてより客観的に検証した。
①ワークショップ参加による知識の変化
参加者37名の知識問題15問中の平均正答数は、第2回9.58、第3回11.6、 第4回10.8で、講習日当日知識は急上昇するが、時間を経てその効果は薄れていた。
②インタープロフェッショナルワーク実践能力評価尺度得点の変化
CICS29の平均は、第1回3.54、第4回3.75で、多職種連携の実践能力は受講後確実に上昇していた。
①、②の結果より、本教育プログラムの、周産期急変対応に関する知識及び専門職連携能力の獲得に効果が確認されるとともに、継続した学習方略の必要性が示唆された。
③意識及び行動変容
1.意識変容
インタビュー結果から得られた「ワークショップ参加による意識変容」の129の コードは、36のサブカテゴリーに集約された。さらに、サブカテゴリーは抽象度を上げて分析し、【多職種の役割を経験したことによる役割分担と協働のありかたの見直し】【チームの協働におけるコミュニケーションの重要性の再認識】【急変対応への自信や意欲の高まり】等の9のカテゴリーに集約された。
2.行動変容
インタビュー結果から得られた「ワークショップ参加による行動変容」の67のコードは、25のサブカテゴリーに集約された。サブカテゴリーはさらに、【チームステップスの概念を意識した積極的役割分担と情報共有】【アセスメントに基づいた急変時の多様な選択肢の考慮と対応】【急変対応に備えた環境整備】【急変時以外にも広がる情報共有や確認行動】等の8カテゴリーに集約された。
以上より、周産期急変対応に関連した多様な意識・行動変容が認められ、本教育プログラムに一定の効果が確認された。さらに、急変対応以外にも波及効果があることが示唆された。

<引用文献>
1)竹田省, 金山尚裕, 板倉敦夫, 伊東宏晃, 海野信也, 菊池昭彦, 工藤美樹, 齋藤滋, 佐藤昌司, 鮫島浩, 田中守, 松原茂樹. 周産期委員会報告. 日産婦誌. 2016;68:1381-1403.
2)ALSO-Japan ホームページ. http://www.oppic.net/item.php?pn=also_japan.php
3)TeamSTEPPS ホームページ. http://www.ahrq.gov/teamstepps/index.html

5.主な発表論文等
〔雑誌論文〕(計3件)
1 長田久夫、【妊産婦の救急疾患への対応-妊産婦死亡を防ぐために-】 システム 妊産婦蘇生法教育、産婦人科の実際、査読無、64巻、2015、199-203
2 長田久夫、【妊婦救急対応の実践と医療システム構築のために】 妊産褥婦蘇生法教育 周産期シミュレーション教育研究会、産婦人科の実際、査読無、64巻、2015、1127-1131
3 長田久夫、【周産期診療べからず集】 【母体・胎児編】分娩時[その他] 分娩時の緊急事態発生に備えシミュレーション訓練を怠るべからず、周産期医学、査読無、45巻、2015、464-465

〔学会発表〕(計6件)
1 長田久夫, 計良和範, 淀川祐紀, 鈴木真, 田嶋敦, 石川源, 齋藤美貴, 田中幹二、多職 種からなる周産期急変対応チームの育成講習について、第68回日本産科婦人科学 会学術講演会、2016年04月24日、東京国際フォーラム(東京都千代田区)
2 長田久夫, 計良和範, 淀川祐紀, 鈴木真, 田嶋敦, 石川源, 齋藤美貴, 田中幹二、多職 種からなる周産期急変対応チームの育成講習について、第52回日本周産期・新生 児医学会学術集会、2016年7月16日~ 2016年7月18日、富山国際会議場(富山県富山市)
3 長田久夫, 坂上明子, 臼井いづみ, 計良和範, 淀川祐紀, 鈴木真, 青木まり子, 飯塚美 徳, 石川源, 尾崎康彦, 加古訓之, 菊地範彦, 斉藤美貴, 田嶋敦, 田中幹二, 比嘉美月、 チーム連携重点型の周産期急変対応シミュレーション講習の実践、第2回ALSO-Japan学術集会、2016年9月10日、岡山大学(岡山県岡山市)
4 坂上明子, 長田久夫, 臼井いづみ, 鈴木真, 石川源, 齋藤美貴, 青木まり子、TeamSTEPPSを取り入れた周産期急変対応ワークショップの評価-参加者への質問紙調査の分析-、第57回日本母性衛生学会、2016年10月14日~ 2016年10月15日、品川プリンスホテル(東京都港区)
5 臼井いづみ, 長田久夫, 坂上明子, 石川源, 齋藤美貴, 青木まり子、TeamSTEPPSを取り入れた周産期急変対応ワークショッププログラムの開発、第57回日本母性衛生学会、2016年10月14日~ 2016年10月15日、品川プリンスホテル(東京都港区)
6 淀川祐紀, 長田久夫, 坂上明子, 臼井いづみ, 計良和範, 加古訓之, 鈴木真, 田嶋敦, 青木まり子, 比嘉美月, 飯塚美徳, 石川源, 尾崎康彦, 菊地範彦, 斉藤美貴, 田中幹二、 周産期急変対応シミュレーション講習~同一施設・多職種のチーム連携を重視して~、第120回日本産科麻酔学会、2016年11月26日、都市センターホテル(東京都千代田区)

〔その他〕
“周産期シミュレーション教育研究会”ホームページ: http://happy-delivery. sakura.
ne.jp/osukkys/

6.研究組織
(1)研究代表者
長田 久夫(OSADA, Hisao)
千葉大学・大学院医学研究院生殖医学・准教授、研究者番号: 30233505
(2)研究分担者
(3)連携研究者
尾崎 康彦(OZAKI, Yasuhiko)
名古屋市立大学・医学(系)研究科(研究院)・准教授、研究者番号: 50254280
田中 幹二(TANAKA Kanji)
弘前大学・医学部附属病院・准教授
研究者番号: 20311540
(4)研究協力者
鈴木 真(Suzuki Makoto)
亀田総合病院 産婦人科部長


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”周産期救命救急医療において、多職種によるチームワークを最重視し、シミュレーションを基盤とする教育方法を開発し、その効果を科学的に検証する”